3月11日の日記

14:45頃、地震発生時には母と一緒に自宅に居た。
高い所に置いてあった紙類が若干量、PCの液晶ディスプレイが転落した程度。液晶ディスプレイは見たところ破損無し。母も自分も怪我は無かった。

付けていたPCの電源が落ちている。テレビも同様。
スイッチを入れても起動しない。ブレイカーのレバーは落ちていないので停電している。
ラジオの電源を入れ、情報収集。かなり大きい地震だったようだ。

暫くしてトイレで用を足し、水が流れていない事に気付く。断水だ。
ココに来てガスの事に気付き、元栓を閉める。当然ガスも止まっている。

すぐ近所の区役所から、放送が聞こえてくる。ウチの辺りは震度5弱だったようだ。
都内に通勤している父と妹に、母と自分が一緒に居り、怪我は無い旨をメール。
twitterにも怪我が無く無事である事のみツイート。

TLを見るに「本が散乱して、片付けが鬱だ」などというツイートが見える。いたずらに回線を使用し、TLを押し流し有効な情報を目に届き難くくさせているだけに感じてしまう。
携帯のバッテリー残量だって大切なライフラインだ。幸いな事に手元に乾電池を使用する充電器と電池のストックが有ったが、電気がイツ復旧するか分からない。
目に付いた有効そうなツイートを幾つか公式RTし、回線とバッテリー温存のため、これ以上は接続しない事にした。



明るい内に、と食料の調達へ。最寄のスーパーは閉じていた。さもありなん。
外に出てはじめて、信号機も付かない事に気付く。停電だから当然なのだが… 外出するだけでもリスキーだ。
駅の近くのホームセンターまで足を延ばしたが、ココも閉めている。駅は電気が付いているが、電車は止まっている。
駅前に営業しているコンビニを発見、凄い人だ。
自分たちが着いた時には大分商品が少なくなっていたが、菓子類なんかはまだ残っていた。乾電池と携帯充電器はほぼ売り切れ、一番人気に見える。
レジ待ちの列は店内をぐるりと一周、時間は掛かったが水と食料を確保。本当はカップ麺の類も買いたかったが、湯が沸かせないのだ。

外を歩いていて、ラジオを持っていないので自動車からカーラジオを聴いているふうな人を見かけた。

家に帰り、外の明かりを頼りに本を読む。
日が暮れて、懐中電灯とラジオを点けて待機。できる事など何も無いのだ。結構大きな余震は続く。

何もできる事が無い時には寝るに限る。こんな時に起きていても、余計なことを考えて心を磨耗させるだけだ。
そんな事を言っても、母親はなかなか寝られないらしい。この程度の割り切りはイツモの事で、我ながら便利なアタマをしていると思う。



19時頃、妹からの電話に起こされる。電車が止まり帰宅できないので、職場に待機との事。
20時頃、父から安否確認のメール。15時半頃送信されたメールと一緒に、4件同時着信。回線が混みあっているようだ。
2人とも都内で職場に居る事は分かっているし、暫くは連絡つきにくい状況は続くだろうから、左程心配はしていなかったがチョット安心した。

23時半頃、トイレタンクへの注水の音で目が覚める。水道が復旧したようだ。電気もガスも復旧していた。
ラジオによれば鉄道も一部走り出していた、最寄の東急も。
父も妹も、時間は掛かろうとも帰宅できる目処がついたのでひと安心。

風呂を沸かして入った。母にしてみれば「余震があるかもしれないのに大丈夫か」といった所だが、体をサッパリさせリラックスして休む方がイイに決まってる。
いつも通り、風呂上りのストレッチをしてから就寝。
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